
"Vihuela(ビウェラ)"は、中世スペインでは、弦楽器の総称のように使われた言葉で
弓で弾くビウェラ(Vihuela de arco)
ピックで弾くビウェラ(Vihuela de plectro)
手で弾くビウェラ(Vihuela de mano)
の3つがあった。
このうち「手で弾くビウェラ」 (ビウェラ・デ・マノ)は
特に和音を奏でられることから、歌や合奏に好んで使われ
スペインに広く普及し、多くの音楽家を育んで行った。
1500年~1560年頃のスペインでは、ルイス・デ・ナルバエスが声楽ポリフォニー、ビウエラの作曲家として知られているが
彼の曲集「Delphin」(イルカまたはフランス王太子も意味する)の中の挿絵には
”イルカに乗ってビウェラを弾くアリオン”の姿が見られる。
これは古代ギリシアの史家ヘロドトスが「歴史」の中で次に述べた物語からインスピレーション
を受けたと記述している。
”
キタラ(竪琴)と歌の名手 メテュムナ人のアリオンは、コリントスの宮廷楽師であった
ある時、国王の命令でイタリアとシラクサ(シチリア島)へ渡り、そこで音楽コンクール
に出場した。見事に優勝し莫大な賞金を得たアリオンは、コリントス船で故郷を目指した。
ところがコリントス人の水夫たちは、彼の大金に目が眩み、金品を奪うためにアリオンを脅した。
「ここで自決するか、それとも海に身を投じるか」
窮地に追い込まれたアリオンは、死ぬ前にもう一度歌うことを船員たちに願い出た。
彼の歌と竪琴の素晴らしさは誰もが知っていたので反対するものはいなかった。
正装で身を整えたアリオンは、後甲板に立ち、竪琴を持つと心を込めて最後の曲を
奏で始め、歌い終わるとともに、自ら海へ身を投じた。
ところが海には、アリオンの音楽に魅せられて集まったたくさんイルカたちがいた。
その中一頭が、彼を拾い上げ、背中に乗せるとコリントスのタイナロン岬へ送り届けた
”
この話も、ルイス・ミランが「エル・マエストロ」の挿絵の中で、オルフェウスの竪琴を
比喩的ビウェラに置き換えたのと同じような理由によるものと考えられのではないだろうか